大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和34年(わ)1676号 判決

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中一四〇日を右刑に算入する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和三四年六月一一日自動車運転手に暴行を加えてタクシー売上金を強奪しようと決意し、大阪市東成区南中浜町四丁目八五番地附近道路上で拾つた煉瓦一個(昭和三四年裁領第三七七号の一)を新聞紙(前同号の二)に包みこれを携え、同日午後九時一〇分頃同市城東区白山町三丁目二三番地附近において、新大阪タクシー株式会社勤務梅野光男(当時二八年)の運転する大五い第二〇二五号小型タクシーに乗客を装つて乗り込み、同所附近から同市旭区生江町四丁目城北公園附近まで運転させ、もつて強盗の予備をなし、

第二、同日午後九時五〇分頃、右自動車が同区大宮北之町一丁目四一番地附近まで進行した頃被告人は自責の念にかられ何とかして車外に脱出してその場からのがれようと焦つていたが、右梅野運転手が被告人の態度から強盗の目的で乗車したものであることを察知したものと思い、右同所先露地で停車した際、右運転手に暴行を加えて同人のひるむ隙に右タクシー内から逃走するほかはないと考えて突嗟に前記煉瓦で背後から前記梅野光男の左側頭部を殴りつけ、よつて治療約三日間を要する左顳額部打撲傷を負わせ

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(検察官の主張に対する判断)

本件公訴事実は、被告人は被害者梅野光男に対し、タクシー売上金を強奪する目的で判示暴行を加えたもので、強盗傷人罪にあたるというのであり、前示被告人の検察官並びに司法巡査に対する各供述調書によると、右公訴事実にそう自白がなされている。しかし、被告人は第一回公判調書及び当公判廷において右自白をひるがえし、判示梅野運転手のタクシーに乗り込む前から既にタクシー売上金強奪の決行をためらつていたところ、判示第二の暴行の場所に至るまでにもはや同運転手に売上金強奪の意図を察知されたものと思い、右強奪を決行するどころではなく、その場からのがれたいと焦つていたと供述しているのである。

前掲各証拠によつて認められる、(一)被告人が数回に亘つて行先を変更したため、梅野運転手は被告人が強盗の目的で乗車したことを察知して被告人に何度も降車してくれるように懇願していたところ被告人は当時乗車賃の持合わせがなく、運転手にとがめられることをおそれ進退に窮していた事情が窺われること (二)本件暴行は傷害の程度等からして、いわゆる自動車強盗としてそれ程強度のものでなかつたこと (三)被告人はその行為においても、暴行に際し何ら売上金強奪のための言動に出ることなく、辛うじて車外に脱出していること等を綜合すると被告人の右供述はあながち、単なる罪責を免れるための弁解とも認め難く、結局売上金強奪のための暴行であるとの証明は十分でないといわなければならない。

しかし判示のような強盗予備及び傷害の各罪が成立することは前示各証拠に照して明らかなところである。

(法令の適用並びに量刑理由)

被告人の判示所為中第一の点は刑法第二三七条に、

同第二の点は同法第二〇四条、罰金等臨時処置法第二条、第三条第一項第一号に各該当するところ、右第二の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪の関係にあるから同法第四七条により右両者の罪の各刑の長期を合算して法定の加重をした刑期範囲内で量刑を考えるに、被告人の家庭が複雑な事情にあるとはいえ、些細なことから直ちに家出しその挙句金員に窮して本件犯行に出でた被告人の責任は軽くないのであるが、幸い被害者の傷害の程度も極めて軽いこと、被告人は前科もなくまだ年も若いこと、相当長期間の未決勾留にあつたこと及び父親も被告人に対する監督を誓つていることその他諸般の情状をあわせ考えて被告人を懲役一年六月に処し、刑法第二一条により未決勾留日数中一四〇日を右刑に算入するが同法第二五条に従い三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中五逸 裁判官 吉川寛吾 児島武雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例